<   2010年 02月 ( 4 )   > この月の画像一覧
<vol.100>春の陽気
福岡に来てから初めて見る美しい青空。
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これまで晴れの日がなかった訳ではないのだろうが、気持ちに余裕がなかったせいだろうか全く印象にない。
福岡に来て新しい仕事に就き、訳も分からないまま1ヶ月が経過した。
長かったような短かったような複雑な心境。

結局、2月は一度もあっちの顔も見れず仕舞い。007.gif
寂しい想いもあるが、時々の電話で元気な声を聞くと励みにもなる。

来月はあっちも8歳となり、また一つお兄さん。006.gif

今日は津波の話、お金の年号や重さの話・・・。
少し電話で会話を楽しみました。

次はいつ会えるでしょうね。023.gif
by 1040turikiti | 2010-02-28 20:45 | 日常
<vol.99>引越し
福岡に来て11日目。
これまでホテル暮らしをしてきたが、だんだんと慣れてきてすっかり居心地が良くなったところだった。
引越し先はホテルから歩いて5分程度。
職場までも5分程度と好立地。

引越しした時というのは何もない部屋が妙に寂しげだが、これからという心意気で必ず写真をとる習性が自分にはある。

■2008年11月東京_平和島社宅
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■2010年2月福岡_天神社宅
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今度の社宅はガスコンロが2口なので嬉しい。
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並行して二つの鍋を加熱できるので非常にはかどる。

東京では狭くて洗濯機はベランダ、冷蔵庫は居間に置いていたが今回は違う。
ちゃんと収納スペースがあります。
福岡は家賃が安い!043.gif

広いとついつい荷物が増えてしまう傾向にあるのでそこは気を緩めてはならない。
なぜなら、またどっかに転勤?007.gif

十分あり得る015.gif
by 1040turikiti | 2010-02-11 23:35 | 日常
<vol.98>なんしようと屋
今日は急に長崎に仕事が入り往復4時間のドライブ。
福岡に戻ったら21時を回っていた。
何気に、屋台の並びを見ていたら、大学3年生の時の屋台事件を思い出した。
事件ではないが、当時、就職先を福岡と札幌と迷っていた時期があり何気に一人で屋台でラーメンを食べていると、隣の兄ちゃんと店のおばちゃんと話が盛り上がって、その兄ちゃんに連れて行かれるままにその後2件はしご酒をした楽しい思い出。
おぼろ気な記憶をたどり、その辺りに行ってみると、すぐに店の名前を見て、ここだと確信した。
店の名前は「なんしようと屋」
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おばちゃんの顔は良く覚えていたが、全然変わらず昔のままだった。
「ここはずっと昔からここでやっとるでしょ?」と聞いたら、もう20年になりますということだった。
間違いない。
出てみてわかったが、ちゃんと20周年記念とのれんに書いてあった。
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そのはしご酒した兄ちゃんの話に戻るが、当時で恐らく30代後半で、ちょうど今の自分の年齢くらいだったのではなかろうか。三菱商事に勤めていると言っていた。「あんたも大学卒業したらうちに来んしゃい」そんな声をかけてもらったことが懐かしい。
16年ぶりのラーメンは感慨深いものだった。
あの時の兄ちゃんは今はどこで何をしているのだろう?
by 1040turikiti | 2010-02-09 00:04 | 日常
<vol.97>懐かしの地
福岡に来て初めて迎えた週末。
ホテル暮らしは食事が不自由ではあるが、意外と楽なもんだ。
以前、札幌から富良野に転勤になった時も同じような経験をしたことがあるが、富良野とは異なり福岡の街中なのでその時に比べると何ら不自由はない。
仕事環境が劇的に変わり慣れない毎日。
まずは言葉。
これまでは仕事関係の人と会話をする場合は、方言を使うことも耳にすることも殆どなく、いわばそれは公私の切り替えとほぼイコールの感覚で二つの言語を使い分けていた。まあ、そこまで大袈裟に言わなくとも、いずれかにスイッチを切り替える風の緊張感が脳裏に働いていた。
しかし、今度の職場は明らかに違う。
社員同士でも方言が飛び交い、さらに訪問先の医師や業者の方々などは更にコテコテの九州弁である。
不思議な感覚を覚えながらも、ふるさとの地に戻って来たことを痛感した。
もう一つは担当が変わったことで仕事の内容や接する人との話の内容になかなかついて行けない。
前者の言葉の問題は全く問題ないが、後者についてはこれから努力するしかない。

北海道にあこがれ、わき目も振らずただ外に出ることだけを考えていた18年前。
渡道後の生活はあまりにも満ち足りており、もう一度やり直せるといわれてもやっぱり同じ選択をすると思う。
当時の自分の恐ろしいほどの夢への強い情熱は、両親の理解あってのことであることは言うまでもなく、感謝の一途に尽きる。
また、予備校時代の恩師との出会いが自分の人生を大きく変えてくれたと心から感謝している。
進学前というのは、色々な可能性を秘めており夢一杯と周りからは励まされるが、本人にとってはどうなるとも分からない異常なほど強い不安感に毎日苛まれかねないものだ。毎年、受験に失敗していた自分にとって、その先生と接していることが何よりの安定剤であり、成績の向上にも繋がった。

そんな回想にふけりながら、ホテルの近くに立地している河合塾_福岡校を訪れた。
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久しぶりに訪れたそこは、以前に比べると建物もかなり老朽した感があり時の流れを感じさせられた。
隣に新館を建設中で、もう時期移転するらしい。
お目当ての先生には今は講師として在籍していないので残念ながら会うことは出来なかった。
しかし、講師一覧を見ると意外や意外。結構、知っている先生が顔を並べていた。
予備校の先生というのは個性が強くて非常に印象的だった。
辛い時期ではあったが、今となっては必要な時期だったとしみじみ思う。
それから薬院、天神と予備校時代にプラプラした辺りを散歩してみたが、記憶も薄いのだろうが、結構まわりの状況は変わっていた。天神の駅付近も18年前に丁度工事をしていたがすっかり変わってしまった。
思い出にふけった週末だった。
by 1040turikiti | 2010-02-06 23:59 | 日常